interview

男でも女でもない、無性。様々な人と接して気付いた生き方とは。

りょう
保育士
2025.2.1
自分の性別は「無性」と語るりょうさん。「男になりたいのかも?」と思ったり、「やっぱりそうではないかも…」とゆらいできた自分の性について詳しく伺いました。
りょう

保育士をしながら、ユニセックスのアパレルブランドの運営やジェンダーフリーのオフ会イベントの開催など幅広く活動をしている。

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ゆらぎのグラフ

振る舞ってきた性
性自認
性のゆらぎグラフ 1 2 3 4
  1. ボーイッシュと言われ、「男の子らしく」「女の子らしく」という概念に捕らわれずのびのび育った子供時代

  2. 周りに合わせていたこともあった会社員時代。堂山デビューを果たしLGBTQの概念に出会う

  3. 人生に影響を与えたワーキングホリデーと「Xジェンダー」という性自認

  4. 男女間でゆれながら着地した無性という性。ゆれることへの思いとは。

  1. ボーイッシュと言われ、「男の子らしく」「女の子らしく」という概念に捕らわれずのびのび育った子供時代

  2. 周りに合わせていたこともあった会社員時代。堂山デビューを果たしLGBTQの概念に出会う

  3. 人生に影響を与えたワーキングホリデーと「Xジェンダー」という性自認

  4. 男女間でゆれながら着地した無性という性。ゆれることへの思いとは。

INDEX
  1. ボーイッシュと言われ、「男の子らしく」「女の子らしく」という概念に捕らわれずのびのび育った子供時代
  2. 周りに合わせていたこともあった会社員時代。堂山デビューを果たしLGBTQの概念に出会う
  3. 人生に影響を与えたワーキングホリデーと「Xジェンダー」という性自認
  4. 男女間でゆれながら着地した無性という性。ゆれることへの思いとは。
振る舞ってきた性
性自認

第1章 ボーイッシュな子供時代

ご両親からは「男らしく」「女の子らしく」など男女の拘りなくのびのびと育ててもらったというりょうさん。どのような幼少期だったのでしょうか?

幼少期はどのような子供でしたか?

大阪の田舎で生まれて、昔からボーイッシュな子と言われていました。見た目も半ズボンにタンクトップなどを着ていて、交友関係は男女関係なくゲームをしたり、木登りしたり、川で遊んだりしていましたね。本当に野山を駆け回って遊んでいました。自分の性自認も、男だ女だとか多分あまり思っていなかったです。

よく仮面ライダーは男の子のものとか、シルバニアファミリーは女の子の遊びという話題が上がりますが、母はそういった押し付けをすることはなく、私が欲しいと思ったおもちゃを全部買い与えてくれていました。ミニ四駆もレゴもやっていたし、コロコロコミックという雑誌もずっと読んでいました。そういった感じでずっと来たので、それに関するアイデンティティは全然へし折られることなかったですし、それは同時に母と父のおかげかなと思っています。

幼少期や学生の頃に「あれ、周りとなんか違う?」と感じたり、当時の葛藤や違和感のエピソードはありますか?

それはありました。中学校の時、女の子同士すごく仲が良かったんですよ。みんなで腕組んで歩いたりしていて、その中で「〇〇ちゃんと△△ちゃんがすごく仲が良い」と感じたときに「あの子を取られてすごい悔しい」という嫉妬の感情がありました。かといって、当人に告白したいわけでもないので1人でイライラしていたのを覚えています。

周りが男女で付き合っていくのも見ていたので、「好きな人おらんの?」と聞かれたときは「いない」と答えていました。あと、興味のある芸能人のことを話すときも男子は女性の芸能人のこと言うし、女子は男性の芸能人のことを言うじゃないですか。私は内田有紀ちゃんが好きだったのですが、「あれ、内田有紀が好きって言っちゃダメなのかな?」とか、みんなのようにサッカー選手や、男性芸能人のことを言わなきゃいけないのかな?ともやもやしていました。
「内田有紀が好き」と言っても周りからは「あんたってそうやんな。」くらいに思われていたと思いますが、ちょっと自分は周りとは違うのかもとは思いました。

そういった気持ちを家族や親しい人には知ってもらいたいという思いはありましたか?

勘がいい子は気づくんですよね。部活もソフトボール部だったので、「誰々先輩が好き」と言ったら、多分「なるほど」という、単に憧れではない何かがあるんだろうなと勘づいていた子はいて、20歳を超えてから会った時に「誰々のことめっちゃ好きやったやろ。」とバレバレでした。ただ当時は友達にも親にも話してなかったと思います。

逆に男性から好意を向けられたこともありましたか?

学生時代はなかったですね。多分そうされないようにしていました。今も男性の友達がいないので接点がなく、女性とは違う人種だと思っているので、苦手意識はあります。ただ職場や自分のいる環境に男性がいることが嫌な訳では無いし、喋りたくないとか、女性同士としか喋りません、とかそういうことはないですが、一定の距離は置いている感じですね。

第2章 ちゃんとしなきゃ?社会人時代〜堂山デビュー

社会人となり、周りに合わせなくてはいけないのではと感じたりょうさんは髪を伸ばし女性らしい姿を目指します。そんな中大阪の堂山エリアの飲み屋でLGBTQの概念を知ったそうです。

学生から社会人になるにあたって心の変化はありましたか?

小学校、中学校、高校で好きになった人は女性でした。学生時代は「誰々ちゃん好き」という話になったり手を繋ぐとかキスをするということがあっても「仲いいな、あんたら」という程度で終わっていたのですが、社会人になった時に「これはどういうテンションで社会人にならないといけないのかな?」とやっと立ち止まりました。

社会人としてのふるまいというようなものを意識したということですか?

そうですね。スポーツメーカーに就職して、「ちゃんとしないといけない」と思ったんですよね。そこからとりあえず男の子がするようなショートカットから髪の毛を伸ばしてみました。でも化粧はしたくないからしなかったです。なので見た目は一応自分なりの「ちゃんと(女性らしい服装)」をやってみたり男性を好きになろうとした方がいいのかなとかも思ったのですが、好きになる人は変わらず女性の先輩を好きだったし、「もうこれはダメだ」と思い、そこからまた髪の毛を切って見た目も戻しました。

髪の毛を伸ばしてみた時はどういった気持ちでしたか?

「化粧して髪伸ばしてたら女の子でしょ」というような気持ちでした。周りがそうしてたからっていうのもありましたし、社会人はこうあるべきという概念に合わせていたんです。社会って男性と女性がいて、男性が女性に恋をし、女性が男性に恋をして、なんなら不倫があったり、浮気があったり、そういうドロドロした世界なんでしょ?仲良し可愛いの世界じゃ務まらないでしょ?と思っていました。そこに男でも女でもないものは存在せず、どちらかしかいないのかなというイメージで、だから自分をなんとかしてみようかなと思ったけど、結局女性の先輩を好きになって、あっさり「社会人として」というなものは終わりました。

例えば無理してそういった格好をしているとき、自分のことを気持ち悪いなと感じてやめることもあると思うのですが、好きな人ができて切り替わったのですね。

確かにそうですね。好きだった人がフェミニンな人だったので、自分がボーイッシュになって、頼りになる、かっこいい、素敵と思われたかったんです。

スタイル戻されて、会社で何か言われたことや対応が変わったことはありますか?

ないですね。コソコソしてたので大丈夫でした。でも、やっぱり女の人が好きというのは、すぐバレるようで、本人に伝わったこともありました。「誰々さんかっこいいよね」とか、「あの人めっちゃ素敵じゃないですか。」というようなことを言うのは、全員女性だったのでそういうことなんだなと多分思われてたと思います。でも会社では不利益を与えることや社会的になにかやばいことをしているわけでもないので堂々と社会人を楽しんでたと思います。「誰々さんめっちゃ可愛くないですか?めっちゃ好きなんですよね、私」と堂々と適当に振る舞っていたと思います。

それは勇気のいることだなと思いますが、お相手の方の反応はどうでしたか?

社会人までは、「ありがとう」という場合もあるし、引かれたりすることも色々ありました。ただ社会人になってからは、「好きです」という言葉に対して「ありがとう」、「好きでいてくれるのは嬉しい」など、シンプルに告白に対する返事をもらうことが多かったですね。

周りと違うと感じたときや、社会人らしく振る舞っていたときはどのようなお気持ちでしたか?また、その際どのように乗り越えたかなどをお聞かせいただきたいです。

悩んでいたから「ちゃんとしないと」と思ったわけではないんです。当時は知識もそれほどなかったですし、Xジェンダーなどという言葉も知らなかったため、シンプルに「ちゃんと(自分がイメージする)普通の人にならないと!」という気持ちでした。悩まなかったのはやはり幼少期に母が「女」「男」をあまり押し付けてこなかったので、アイデンティティをへし折られることなく育ったからだと思います。「女性が好きなことは変なことじゃない」と思っていました。

りょうさんがLGBTQのことを深く知ったきっかけはなんだったのでしょうか?

当時会社の先輩がドラァグクイーンの方がショーをしているようなクラブに誘ってくれたんです。私自身ドラァグクイーンの方々を目にしたのは初めてだったのですが、その方が「大阪の堂山というところで普段は男の格好してDJやっているからよかったらおいで」と言ってくれて。そっちのクラブはLGBTQの人たちがイベントをやっているような場所で、そこに行くようになってからLGBTQという世界をちゃんと知るようになったんです。

堂山のお店はどのようなところだったのですか?

最初はミックスのクラブに行っていました。「EXPLOSION」という今もあるお店なんですけど、ミックスバーなので男の人も女の人も、 海外からの人も、色々な人がいて勉強になった場所です。その後、会社の先輩には女性が好きとかそういったことは言っていなかったのですが、「興味あるんちゃう、行ってみたら?」と堂山でやっているバー主催のLGBTQイベントを勧められたんですよ。堂山にはゲイバーやレズビアンバー、ミックスバーもたくさんあって、私よりも複雑な人がもっとたくさんいて、外見とか中身とかも様々ですし、なんかもう 「私のままでいいんだ」と感じました。今まで異性愛が多数の中で生きてきたのが、「この人もこの人もこの人みんな女の人が好きなんだ!」とか、ゲイの人たちが手繋いで歩いているとか、その世界を初めて見て、「なんだいっぱいいるやん」と思ったんです。

そこからLGBTQ業界の用語などを教えてもらっていくうちに、「なんか、あれ?男かも私」と思ったりもして、周りの人に手術の話や戸籍の変え方や、「女なのになんで髭生えてんの?」というようないろんな失礼な質問を周りにして知識を深めていったんです。でも色々知ったり考えるうちに「いや、男になりたいわけじゃないな」と思ったんですよね。女であることは嫌だけど、じゃあ反対の男になりたいかと言ったらそうではないし、男らしい体つきを手に入れたいわけでもないし、かといって女らしい体がいいかというとそれも絶対嫌で。そこからまた色々情報を調べました。

特にLGBTやノンバイナリーなどの言葉がない時代だったので、「へー、自分はこの部類に入るのか」といったくらいの気持ちでした。自分はどこに定まるのか考えたことはありますが、LGBTQ…どれでもないことに気づきました。

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