interview

男でも女でもない、無性。様々な人と接して気付いた生き方とは。

りょう
保育士
2025.2.1
自分の性別は「無性」と語るりょうさん。「男になりたいのかも?」と思ったり、「やっぱりそうではないかも…」とゆらいできた自分の性について詳しく伺いました。
りょう

保育士をしながら、ユニセックスのアパレルブランドの運営やジェンダーフリーのオフ会イベントの開催など幅広く活動をしている。

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ゆらぎのグラフ

振る舞ってきた性
性自認
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  1. ボーイッシュと言われ、「男の子らしく」「女の子らしく」という概念に捕らわれずのびのび育った子供時代

  2. 周りに合わせていたこともあった会社員時代。堂山デビューを果たしLGBTQの概念に出会う

  3. 人生に影響を与えたワーキングホリデーと「Xジェンダー」という性自認

  4. 男女間でゆれながら着地した無性という性。ゆれることへの思いとは。

  1. ボーイッシュと言われ、「男の子らしく」「女の子らしく」という概念に捕らわれずのびのび育った子供時代

  2. 周りに合わせていたこともあった会社員時代。堂山デビューを果たしLGBTQの概念に出会う

  3. 人生に影響を与えたワーキングホリデーと「Xジェンダー」という性自認

  4. 男女間でゆれながら着地した無性という性。ゆれることへの思いとは。

INDEX
  1. ボーイッシュと言われ、「男の子らしく」「女の子らしく」という概念に捕らわれずのびのび育った子供時代
  2. 周りに合わせていたこともあった会社員時代。堂山デビューを果たしLGBTQの概念に出会う
  3. 人生に影響を与えたワーキングホリデーと「Xジェンダー」という性自認
  4. 男女間でゆれながら着地した無性という性。ゆれることへの思いとは。
振る舞ってきた性
性自認

第3章 人生に影響を与えたオーストラリアでの生活

ワーキングホリデーでオーストラリアへ向かったりょうさん。海外の性自認に対する向き合い方に影響を受け、現在のジェンダーフリーオフ会を実施することに繋がっていきます。

オーストラリアに行ったきっかけを教えて下さい

2007年ごろにワーキングホリデーでオーストラリアへ当時の彼女と一緒に行こうと思ってたんです。でも行く前に別れてしまい、1人で行きました。オーストラリアでもそういうお店も行きましたが、そもそも普段からレズビアンやゲイの人もいたし、その辺はもう日本と全然違いましたね。「昔ゲイだったんだ」という人に出会って、「昔ゲイってどういうこと?今は違うのか?」と思ったり、「女の子好きそうだよね」というようなことを言われたりしたこともありました。帰国したときはすごく生まれ変わったような感覚でした。

「Xジェンダー」という言葉に出会ったのもその時ですか?

その後確か日本で「第3の性」「男でも女でもない性」という番組をやっていて、そこで知りました。その中に出てくる男でも女でもない、なりたくない、なれない、中性というより性別がないという人たちを見て、ますます「自分のような人がほかにもいるんだ」という気持ちと、「なんだ、別にこのままでいいじゃん」という気持ちが生まれました。今までは男らしい、女らしいと言われるのがすごい嫌で「あれも嫌だ、これも嫌だ、そうやって呼ばないで」とすごい尖っていたんですけど、いわゆるマジョリティの人たちは「Xジェンダー」なんて知らない人も多いので、「綺麗」とか「女に見える」と言われたらそうなんだろうし、「かっこいい」と言われたらそうなんだろうなと思うようになったんです。褒め言葉として言っていただいているなら、全部受け止めればいいかなというのも、Xジェンダーという言葉を知ってからでした。

その後恋愛するためではなく、友達であったり、いろんな人と出会いたくてLGBTQの方が主催しているオフ会というものに色々行きまくりました。でもオフ会の参加募集要項に「こういう人は来ないでください」とか、「スカートを履いてメイクしている人だけ来てください」といったいろんな参加条件があって。本来そういう人たちが守られる場所であるべきなので、参加条件はあってもいいのかなと思いつつ、自分がもし行くのであれば何もない、男性でも女性でも誰でも来れる方がいいなと考えて2020年から誰でもオッケー、ジェンダーフリーなオフ会を開催することになりました。

ご自身でオフ会を主催されてみていかがですか?

自分にあったセクシャリティの人と出会いたいという人もいるかもしれないけど、そういう場合はセクシャリティを限定したオフ会があると思うのでそちらに行っていただいて…と思います。LGBTQ以外の人も誰でも来ていいとすると本当にいろんな人がきてくれるんです。男女の夫婦もいるのですが、そういった人がかつての自分のようにレズビアンの話とかゲイの話とか聞いて、「トランスジェンダーって何?」というようなことを知って帰ってくれるって良いじゃないですか。誰でも来ていいという風にしたら、多分いろんな人と出会えて、いろんな情報にも出会えると思いますし、それこそ恋人が欲しい時もこういうところから回り回って出会うかもしれないですしね。

やはり全員来ていいよというイベントにしてたのは、堂山時代のミックスバーでの体験や自身の思いの深さからでしょうか。

そうですね、いろんなオフ会にも行ってみたけど、LGBTQだけで仲良くしてても世界は変わらないんじゃないかなと思っていたので、ストレートの方にも逆に来てもらって知って帰ってほしいなと思いました。海外のイベントはゲイオンリーとか、ウーマンオンリーとかないんですよ。多め少なめはあるけど、身分証確認して女しか入れないイベントなどはないです。そういう風にしたいと思ってます。

第4章 男女間でゆれながら着地した無性という性。ゆれることへの思いとは。

りょうさんは現在アパレルブランドの運営や保育士と多方面で活躍されています。そんなりょうさんの目線からみる教育のありかたや自分の性に悩む人たちへアドバイスを伺いました。

アパレルブランドはいつから始めたのですか?

2020年の10月です。ずっと下着に悩んでいて、何を着たらいいのかわからずどれも着れなかったんですよね。可愛らしい女性の下着ブランドのものはいっぱいあるけどそういうのは嫌だし、 ユニクロのスポーツブラもなんか嫌だし、ボクサーパンツのレディースとかもなんか嫌。でもボクサーパンツのメンズもちょっと形やサイズが合わないんですよ。そういうのを同じように悩んでる人がいるんじゃないかなと思って、そこからレディースもメンズも履けるボクサーパンツを発売しました。その後LGBTQの方の中でボーイッシュな女性は結構身長が低かったりするので、 そういう人でも着れるようなアパレルを作ろうと思い服も作り始めました。

使用された方から反響はありましたか?

そうですね、女性・男性もちろん、私のようなXジェンダーの方や、ボーイッシュな女性などがよく買ってくれます。

本当に誰でも履けるのですね!

一応、S、M、Lサイズも3展開をしていて、XLとかXXLが欲しかったよというお話も頂くのでこれから展開したいと考えています!

お話を聞く中で、りょうさんはアクティブで辛い中でも何か得ている印象があるのですが、それは先天的なものなのでしょうか?

自分でもちろん決めているけど、どうしようかなと思っている時に、アドバイスをくれる人がいますね。アドバイスを受けて進んでいって、また新たに迷った時にも新たにアドバイスをくれる人がいて…といったように、人生の要所要所にそういった人が現れることが多いです。

自分の悩みがあった際、積極的に悩みを打ち明けますか?

そうですね。多分言うタイプですね。聞いてほしいという気持ちもあるので、向こうが察してくれることもあります。相手のことも知りたいですが自分のことも話したいタイプなので、セクシャリティは関係なく話しますね。秘密にされるよりかはオープンにしてくれた方が受け入れやすいかなとも思います。

ご両親にカミングアウトもされていると伺いました。当時のエピソードを教えていただきたいです

親に対してのカミングアウトは東京に出てくる前ですね。当時のパートナーと暮らすために東京に行くと決めたけれど、仕事でもないのに急に上京するのは不思議に思うよなと思い、「これはどういう風に話せばいいだろう?」と考えていました。そこで姉に相談しようと思い、姉にはその時にカミングアウトしたんです。「東京で好きな女の子と一緒に住むねん」と言ったところ、気づいたようで理解してくれて。「でもこれをオトンとオカンにどうやって話したらいいと思う?」と聞いたところ、「そのまま言ったらびっくりすると思うから、逆算して言ったら?」とアドバイスをくれたんです。親としては「女の子が好きなんです」と言ったら、もう後の話が多分入ってこないから、まず「東京に行く」、その理由は「人と一緒に住むために行く。その人は女の子。」と逆算していって、最後に「私は女性が好きなんです」と説明したら母は別に納得するんじゃないかという話になったんです。

後日、 父と母と私の3人で、姉に言われた通りの説明をしたのですが、母に「お姉ちゃんと出かけてたやろ」と言われて、実はもうそこでなにか話があるんだろうなと察していたそうです。カミングアウト自体も「なんかそんな気がしたけど」というくらいの反応でした。でも、Xジェンダーとかノンバイナリーとか、そういう話は今しなくてもいいかなと思ってそこまではしていません。ノンバイナリーを隠してて辛いとかだったら話すことも考えるけど、別に辛くないですし。

元々、ご家族自体が仲が良く、カミングアウトするということにそこまでハードルがなかったのでしょうか?

そうですね。オープンな家で厳格な昭和の父というものでもなかったし、仲良くやっていましたね。恋人と2人で帰省してちゃんと紹介しています。もともと女の人が好きと言ったわけでもないけど、男友達と遊びに行くとも言ったことないし、彼氏ができたと言ったこともないし、「あれ?」とは思っていたと思います。「彼氏ぐらい連れてこうへんのか」と父には言われたこともありますけど、「一生連れてこないよ」「 子供も一生産まないよ」とふわっと言ってたので、カミングアウトを受け入れる準備はできてたんじゃないのかなと思ってます。今までの行いはなんだったんだ!?という真逆を行っているわけでもないので、「どうりでなんかボーイッシュだと思ったわ」と腑に落ちたところもあるんじゃないでしょうか。

現在は保育士をされているりょうさん。ご自身が子供と接したり子供に教育をする時に意識していることはありますか?

私の母が「男らしく女らしく」とか「女とは男とは」と言わない人だったこともあり、私も子供に関わる時にそういったことは言わないように心がけてます。周りを見ていても「男の子なんだから髪の毛短い方がかっこいいよ」とか、誰かを叩いちゃった時に、「女の子に手あげちゃダメだよ」とか、そういう言葉がフッとしたときに出てしまうんですよね。叩くことは本来誰であれダメなのに。

ただ、「やめたほうが良い」と思っても言えないことも多々あります。でも5歳とかの小さい子供でも「男ってこう、女ってこう」と言ったりするんですよ。すごくびっくりするし注意していきたいなと思いますけど、当事者からの発信となると「あなたそうなの?」と邪推されるリスクもあってやはり難しいので、研修とかそういう場で「こういった言葉はダメなんですよ」とちゃんとした講師を呼んで教えるというふうにしてほしいし、そういう場で「男女とか関係なくあなたはあなただよ」と教えてほしいですよね。

今の社会は少しまだ生きづらいと感じますが、今後子どもたちにはどのように育ってほしいという理想はありますか?

子どもたちには想像力が豊かな子に育ってほしいかな。違う世界のことがこれから色々降ってくると思うんですけど、 その時に「気持ち悪い、無理」じゃなくて、「なんだろうこれ」と想像力や興味を持って欲しいです。私自身知らないこともいっぱいあるし、LGBTQ界隈でも「え?」と思うことも受け入れがたいこともいっぱいあるけど、「無理」とはやっぱり言わないようにしたいですよね。

性別のラベリングがまだ社会として残っているというところに対して思うことはありますか?

ラベリングに関する言葉は使わないということですね。LGBTQに限らず、自分自身育ってきた中で勝手に相手へ自己満足のラベルを貼っちゃう時があるので、そこは気を付けるようにしていますし、人が言ったこともちゃんと拾えるといいですね。そこで指摘ができたらなおいいんですけど、できずともそのことをちゃんと覚えておくことも大切ですよね。

自分はLGBTQ当事者だけど、完全なLGBTQ代表で差別はしませんというような人間ではないので、もしかすると私の知らない差別的な言葉も言っているかもしれない。そういうアンテナを張って想像力を働かせていかないといけないなと思います。

最後に、揺らいでる人たちへのメッセージや辛いことを乗り越えられるアドバイスはありますか?

色んな人に出会うことだと思います。1人にならない、孤独にならない。今はSNSや出会いの場、オフ会もいっぱいあるけど、私はSNSの時代に生きてこなかったので、 堂山という地域に毎日のように行って、色んな人の話聞いて「それは失礼や」と言われて「ああ、ごめんなさい」と色々学んできたので、実際に人に会うのは大事だと思います。でも別にそれはLGBTQ当事者の人じゃなくてもいいし、相談できる相手なり、友達なりがいたらいいですよね。カミングアウトしなかったとしてもいつかできるかもしれないし、できるだけ、人との繋がりはあった方がいいのかなと思います。

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