プロフィール:良くも悪くも、見る世界が狭かった幼少期。しかし学生・成人・仕事を通し、それぞれの節目で大人になれたと感じている。今はすべての人と経験に心から感謝を伝えつつ、ゲイという生き方を誇りに技術職に従事する日々を送っている。
異性が苦手だった幼少期、周りとの違いに気づくも、一人で抱え込んでいた。
異性への苦手意識を克服するために夜の仕事に従事。自分を偽る日々と転機。
職種をかえ、自分らしくいられる環境に。
パートナーや周囲の人との関わりのなかで、小さな心地よさを大切したいと気づいた。
自分に合ったラベルを探しにいく。迷い、悩むとき、頭で考えるより心に従うべきことに気づく。
夜の世界を辞め、技術職に就いた川口さん。そこでは思いがけず自分の介在価値を見つけ、自己肯定感も上がっていったようです。また、恋人との関係を通して考え方の変化も
夜の仕事を辞めたあと、すぐに昼の仕事に移れたのですか?
ちょうど高校の時に取得したプログラミング関係の資格があって、それを活かして就職できたんです。今思えば、あの時しっかり勉強していてよかったと思います。夜の仕事では嘘の設定を演じていたけれど、技術は嘘をつけないから。
昼の仕事に変えて生活はどう変わりましたか?
規則正しい生活をするようになりました。朝起きて、夜はきちんと寝る。体調もだんだん良くなっていきましたし、何より“演じなくていい”というのが大きかったですね。仕事では必要な会話はあるけれど、それ以上のことは求められない。自分として存在できる場でした。
女性との関わりはどうでしたか?
最初はやはり構えてしまいました。でも、職場の会話は業務的なものが中心なので、『プライベートじゃない』と割り切れたんです。それに、開発現場は男性が多い職場だったので、自然と居心地が良かったんですよね。
なるほど、それは良い職場に巡り会えたのですね。職場では自分のセクシュアリティを話していたのでしょうか?
自分から話すことはなかったですが、察してる人は多かったと思います。昔の知人に新宿二丁目で偶然会って、『あ、そういうことなんだ』と気づかれたこともありましたし。僕、あまり隠すのがうまくないんです。
そうなんですね。昼の仕事では、ようやく「自分を取り戻せた」と感じましたか?
そうですね。技術の話をしていると夢中になれるし、チームで一つのものを作り上げるのがとにかく楽しくて。誰かを演じる必要もないし、『自分が自分である』ことを肯定できるようになっていきました。
仕事のなかで、居場所を見つけていったんですね。
はい。もともとオタク気質なので、知識を深めることが好きだったんです。プロジェクトマネージャーの資格を取ったり、裏方としてエンジニアを支えたり。『このソフト、僕が書いたコードで動いてるんだよ』と、目立たないところでにやにやしているのが性に合ってました。
でも、完全に吹っ切れたわけではなかった?
そうなんです。職場では穏やかに過ごせていても、『このまま一生隠して生きていくのかな』という不安はありました。『ちゃんとした家庭を持たなきゃ』とか『普通に結婚しなきゃ』とか、無意識に“正解”を探そうとしていた気がします。
そこで転機になるような出来事はありましたか?
はい。友達の紹介で初めてゲイバーに行ったことが大きかったですね。『どう見てもお前こっちの人間なんだから、楽しく生きなよ』と言われて、なんだか一気に楽になったんです。ずっと自分だけが隠してるつもりだったけど、周りからしたらとっくにバレてたんだなって。
ゲイバーに出入りして変わったこととしては、病気だと思っていた同性を好きと言う感情は、ごく自然な価値案であると知り、安心できたことによって、ゲイであることへの罪悪感が消え、誇りを持てるようになったり、良くも悪くも、人の価値観や世界観に振り回されることなく自由な生き方をできるようになりました。
その経験がセクシュアリティを受け入れる後押しになったんですね!
完全にそうですね。25歳くらいの頃でしたが、『お前が思ってるほど、周りは気にしてないから大丈夫』と言われて。それまでの苦しみはなんだったんだろうと思うくらい肩の力が抜けました。周りの人は僕のセクシャリティを気にしていない。今なら言えるんです、『悩んでいたのは自分だけだったな』と。
「嘘を付く」、「自分を偽る」、ということから開放された川口さんに待っていたのは、ありのままでいられる「自然な日常」でした。心情の変化を詳しく伺います。
セクシュアリティを受け入れてから、生活はどのように変化しましたか?
すごくシンプルになりましたね。嘘をつかなくてよくなったことが、何より大きかったです。会社では相変わらず『話していないだけ』で、公にはしていません。でも、もう隠そうとしてない。飲み会で恋バナになっても、『そういう話はちょっと』と自然に流せるし、それが許される雰囲気を持てるようになった気がします。
再会した初恋の人と付き合うことになったのもその頃ですか?
はい。前述した通り成人式のあとにたまたま再会して、ずっと好きだったんだと話をしてみたら、笑って受け入れてくれて、まさか今、一緒に住んでるとは当時は思いませんでしたけどね。
素敵ですね。ご家族には話しましたか?
はい。一緒に住もうという話になって、家を借りるのに保証人が必要で。母親に『実は今、一緒に住みたい人がいる』と言ったら、『どうせ男の子でしょ?』と言われたんです。『今さら何を言うの』と言われました。母にはずっとバレてたみたいです。
お母さまの反応、すごく受容的ですね。
そうですね。ただ、『その人と別れたからって“やっぱり女の人と結婚する”とか言うのはナシね』と釘を刺されました。今までずっと嘘ついてきたくせに、そういうときだけ“普通”に戻ろうとする人もいるからという意図だったようです。図星だったから、何も言えなかったです。
今のパートナーとの関係はどうですか?
すごく穏やかです。恋愛って、ずっとドキドキしてるものだと思っていたけど、違いました。何もしゃべらなくても隣にいられる。わざわざ『好きだよ』とか言わなくても伝わっている関係がいいですね。肩の力を抜いて過ごせる相手と一緒にいることが一番の安心だなと思います。
20代の頃の「焦り」と比べて、随分変わりましたね。
本当にそうです。あの頃は、何かしら“形”がないと不安だったんですよ。恋人がいるとか、収入があるとか、SNSに載せるような“わかりやすい幸せ”がないと、自分には価値がないような気がしていた。でも今は、誰にも見せなくてもいい、静かな満足感がある。それが一番幸せなんじゃないかと思います。
自分の人生に「納得」できている、という感覚でしょうか。
はい。正解がどこにあるかを探していた頃はずっと苦しかった。でも今は、自分の中にある小さな“心地よさ”を大事にすることで、自然と納得できるようになったんです。無理して何かにならなくていい、と思えるようになりました。
異性とのコミュニケーションや、自己の喪失と深い悩みを乗り越えた川口さん。ラベルは一つに決める必要はなく、変化していいこと。そして悩んだら自分の心に従ってみること。悩みを乗り越えるコツを伺いました。
川口さんは、これまでいろんな「形」や「役割」を経験してきたと思います。今、ラベルやセクシュアリティについてどう感じていますか?
ラベルって、社会の中で生きるためにはある程度必要なものだと思うんです。特に子どもの頃は、『男の子らしさ』とか『女の子らしさ』とか、わかりやすい形があることで安心できる面もあったと思います。でも、それがずっと続く必要はない。大人になったら、自分で選び直せばいいんじゃないかなと思いますね。
選び直せる、というのは大事な視点ですね。
はい。ラベルって“永久に貼り続けるもの”じゃなくて、“一時的に借りるもの”くらいでいいと思います。例えば僕は、『ゲイ』という言葉に自分を合わせたというより、『僕の中身に、このラベルが一番しっくりきた』から使ってるだけ。明日には変わっていてもいいと思っています。
変わることを否定しない、という姿勢が印象的です。
『自分ってこうなんだ』とわかったつもりになると、逆に自分を縛ってしまうこともあると思うんです。過去の自分にとらわれて『こうあるべき』って。でも、人は変わるし、感情も変わる。だから『今はこれが合っている』くらいの柔らかさでいれば、苦しくならないです。
まさに、“ラベルに自分を合わせる”のではなく、“自分に合うラベルを探す”。
そうですね。社会はラベルで判断しようとするけど、自分だけは『自由でいていい』と思ってあげないと。周りのために無理して演じ続けてた頃は、自分の中が空っぽでした。でも今は、『誰かのために自分を犠牲にしない』というルールを自分の中で持てるようになりました。
今、悩んでいる人や迷っている人に伝えたいことはありますか?
悩むのは悪いことじゃないし、時間をかけてもいいと思います。でも、たぶん答えって、『自分の心がすでに知ってる』んですよね。映像でも音楽でも、どんなジャンルでもいいから自分がときめく方に自然と引かれてる。それがヒントになると思います。
「頭で考える前に、心に聞いてみたら?」ということですね。
そうです。何を好きか、誰を好きか、それは論理じゃないと思うんです。感覚でしかない。だからこそ、いろんな体験をしてみて、自分の感覚を試してみてほしい。『悩んでるなら、とりあえずやってみたら?』と言いたいです。時間は有限だから。
最後に、川口さんにとって「自分らしさ」とはなんでしょう?
うーん…。言葉にするのは難しいけど、『肩の力を抜いていられること』かな。相手が誰であれ、場所がどこであれ、自分に嘘をつかないでいられる状態が一番自分らしいと思います。演じないでいられる場所と人に囲まれていたら、それで十分なんじゃないかな。